変わる日本の雇用の今。高度人材に絞った採用が生まれた背景とその影響【採用賢者に聞く 第9回】

昨今、日本型雇用の崩壊が大きな問題となっています。従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への変化という文脈で語られることが多いのですが、別の視点から見れば、「高度人材の採用」の顕在化です。GMOインターネットグループが2023年度以降の新卒採用に関して、高度人材に絞る方針を決定するなど、改めて注目される高度人材の採用について、大学院生の就職支援に特化したサービスを提供する、株式会社アカリクの代表取締役 山田諒氏に話を伺いました。
ジョブ型雇用のスタートラインにようやく立てた日本企業

――株式会社アカリクの事業内容について教えてください。
アカリクという社名は「アカデミー」+「リクルート」が由来で、主に大学院生やポストドクター(※)に特化したキャリア支援を行っています。大学院や研究機関から生み出される知恵を広く、社会につなげるという「知恵の流通の最適化」というコーポレートミッションを掲げています。しかし、この大学院生やポストドクターを取り巻く環境には、課題が山積しています。博士課程への進学者数、進学率は減少傾向にあり、この状態が長期化すると、研究者の数が減少していくと予想されます。これは日本の研究開発事業に多大な影響を与えるでしょう。博士課程への進学者数減少の主な原因は、大学院生やポストドクターが抱える就職への不安だと考え、その部分をサポートしているのが、私たちアカリクです。私は、前職でエンジニアに特化した就職・転職支援の責任者だった経験から、エンジニアとジョブ型雇用の相性の良さを感じていました。
※ポストドクター
大学院博士後期課程(ドクターコース)の修了後に就く、任期付きの研究職ポジションのこと

――従来の日本型雇用が大きく変化していますが、その背景を教えてください。
まず、日本の雇用がメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へと移行しつつある背景について説明しましょう。FacebookやGoogleなどの支配的影響力を持つ海外の大手IT企業で、ジョブ型雇用が進んでいることが非常に大きな影響を与えていると考えます。さらに日本で生まれたGMOインターネットグループや楽天、サイバーエージェントなど、ジョブ型雇用を採用したメガベンチャー企業が増えてきたことも引き金となりました。こういった背景において、外出自粛によるテレワークの普及も重なり、ジョブ型雇用がさらに注目されたのではないかと思います。
――メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行は日本で浸透すると思いますか。
浸透するにしても、今後5年から10年くらいはかかると見ています。実際にメルカリなどは海外のジョブ型雇用の事例を取り入れて、いち早く雇用形態を変えたことで急成長しました。そこに、ちょうどのタイミングでコロナ禍が重なり、在宅勤務やテレワークが浸透したため日本の大手企業もジョブ型雇用への切り替え方針を固めて発信を始めたというのが、現状です。いわば、今はジョブ型雇用のゼロ年度で、今後、ジョブ型雇用が浸透するかどうかの岐路に立っているともいえます。
高度人材が兼ね備える「自立・自走」の能力が企業にもたらす価値
――ジョブ型雇用への移行を機に、高度人材への注目も集まっていますが、その理由を教えてください。
そもそも海外の事例を見ると、博士号を持っている人に対する評価や待遇は日本と異なります。たとえばアメリカでは、博士号を持っている人材には年収2千万円を超える超高待遇を提示するなど、企業間で取り合いになるほどです。
アメリカのトップ企業群は高度人材の採用を採用市場に向けて日々発信していますが、日本でそういった話を聞くことはほぼありません。
とはいえ、日本はまだジョブ型雇用へのゼロ年度ですから、これから徐々に変わっていくのではないかと期待しています。

――企業の注目を集めだしている高度人材について、特長を教えてください。
大学院生やポストドクターは言い換えれば、「専門的な技術や知識を持っている人」のことです。研究ひとつ取っても、やり方を体系的に学んでいることが彼らの大きな特長です。
まず、研究を行うためには、文献を調べ、ファクトベースで考える能力が必要です。自身でスケジュールを組み、管理しなくてはいけませんし、研究を通じて課題の設定をし、解決に導くスキルも求められます。それだけでなく、専門的な技術や知識を取得する過程で、「専門性の学び方」を学びます。いわば、彼らは自立・自走ができ、ロジカルシンキング能力を持った人材なのです。これは、会社に入っても通用するスキルと言えるのではないでしょうか。
私たちアカリクは、大学院生やポストドクターは研究活動を深く行う中で、7つの能力が備わっていると考えています。
①体型的に理解する「学習能力」 ②課題の背景や先行研究を理解して自分の研究に落とし込む「理解力」 ③新しい課題を発見して、繰り返し研究する「課題設定力」 ④さまざまな手段を模索する「問題解決力」 ⑤共同研究者やチーム内に対して、役割やToDoを説明できる「コミュニケーション能力」 ⑥学会や論文で発表する「プレゼン能力」 ⑦①~⑥のプロセスを計画どおりに遂行できる「スケジュール力」 |
これらの7つの能力を新卒段階で有しているのが大学院生やポストドクター、いわゆる高度人材であり、これらの能力は企業にとって非常に有益だと考えています。
企業に求められるのは、高度人材を受け入れるための「評価制度の整備」と「意思の表明」

――企業が高度人材に絞った採用を行うメリットを教えてください。
仕事を行うための、基本的な素養はすでに身についているわけですから、教育コストの軽減を期待できます。1から10まで教えなくても、ある程度やり方さえ教えればPDCAを回して、より良い方法を考えてくれます。教育や研修に時間やお金をかけられない企業もあるでしょうから、企業にとってもメリットの一つと言えるのではないでしょうか。
また、将来の幹部候補として高度人材の採用を検討する企業も増えているようです。高度人材には先ほど挙げた7つの能力が備わっているので、将来的には会社の文化を継承したマネジャーやリーダーを輩出する可能性が高まると考えられているからです。
理系の大学院生を率先して採用している企業からは、「高度人材は、新しい手法を生み出してくれる」という声も寄せられています。そもそも研究とは、多角的に物事を見て、最適解を探し出すものなので、彼らはその考え方を仕事に活かしながら、こういう手法もありますよ、と新しい気づきを提案してくれるそうです。このように、高度人材の採用には社内にイノベーションが起きやすくなるというメリットもあります。
――高度人材を採用する際に気をつけたほうがいいことはありますか。
高度人材は、自らの研究内容にプライドを持っていますし、その研究で得た知見やスキルで社会に貢献したいと考えている人が多いです。だからこそ、人事採用担当者を含む企業の上層部には、高度人材が持っているスキルや経験をリスペクトしてほしいと思います。
しかし、現在の日本の企業では高度人材に対する理解が乏しいことも事実です。たとえば、大学院生やポストドクターは研究第一のイメージから、学部生に比べてコミュニケーション能力が劣っていると見られがちです。しかし、研究を行うためには、複数の関係者と協力する必要があるため、交渉力やコミュニケーション能力は、日々の研究活動の中で身についています。つまり、コミュニケーション能力が長けている大学院生は少なくないのです。
今後はテレワークをメインにする企業も増えていくと予想されます。そのため、これまで求められてきた「コミュニケーション能力」の優先順位はやや下がり、文章や論文などでロジカルに伝える「テキストコミュニケーション能力」が重視されるようになってくるでしょう。今後、大学院生やポストドクターのロジカルシンキングの能力はますます求められていくと考えています。

――ジョブ型雇用、高度人材の採用に対して、企業はどのような準備が必要でしょうか。
まず、今までの評価制度とはまったく違う制度を整える必要があるということです。職種によって求められるスキルも経験も違うので、それらをどう評価するか。さらに、そこに紐づけられた報酬制度も整える必要があります。企業側が評価・報酬制度をアップデートしないと、高度人材の採用はなかなかうまくいきません。また、先輩社員が「俺たちのときはこうだった…」などと言い出してしまうと、社内の空気は悪くなり、せっかく評価・報酬制度を整えてもうまく回らなくなってしまいます。こうならないためにも、ジョブ型雇用へと移行し、高度人材を採用する背景や目的、それに合わせて整えた評価・報酬制度の狙いを社内全体にしっかりと浸透させることが重要なのです。
――ジョブ型雇用、高度人材採用を行いたいと考えている企業の人事担当者にメッセージをお願いします。
雇用形態はあくまでも手段であって、目的ではありません。つまり、雇用のすべてをジョブ型雇用に変える必要はないのです。従来通り総合職はメンバーシップ雇用を継続し、専門的な職種はジョブ型雇用にするなど、使い分けをすれば、大きな混乱を招くことなく移行できるのではないでしょうか。
また、採用する学生へのマインドセットも重要なアクションです。ジョブ型雇用なら「専門職でスペシャリストを目指してほしい」と伝え、メンバーシップ型なら「幹部候補として仕事をしてもらいたい」と伝える。そうすれば、彼らは自分のやるべきことを理解して、彼ら自身でマインドセットを行います。このように早い段階から企業側の意向を伝えることで彼らが活躍できるフィールドを構築できると考えています。